I found a bug of Notes in Apple iPod touch fw 1.1.3. Now I got fw 1.1.4, but it’s still remaining. Specifically, cursor is located on different point when I insert a line feed in the middle of Japanese sentence.
Then I tried to validate the evidence in other languages like Korean or Chinese, but iPod touch unfortunately doesn’t have their keyboard. If a byte counting is wrong, Notes doesn’t support Unicode, eh?
At any rate, I’m afraid iPhone SDK is delayed.
今年になってから Safari を使って 2ちゃんねるを閲覧できないと妻から不満を言われていたので調べてみた。具体的には、扉ページから掲示板コンテンツに移動後、左メニューのリンクをクリックしてもページの遷移が発生しないが、コンテクストメニューから “リンクを新規〜で開く” を選択すると問題がない。そこで Debug メニューの JavaScript コンソールを確認したところ、右フレーム内に配置されているページで、ドメインやポートが一致しないにも関わらず JavaScript を実行しようとしていることに問題があるという。
そのドメインが異なるページにはこのような HTML の一行があり、1インラインフレームを使ってフラッシュムービーによる広告を読み込んでいるようだ。そしてこのPHPファイルからリダイレクトされ読み込まれる、第三の異なるドメイン置かれた HTML では writeFlash という JavaScript の関数が実行されていた。
しかし、今までの概念であれば当たり前のようなファイル構成であるし他のブラウザでは問題がないことからこの挙動には疑問があったが、Apple の文書にその答えを見つけた。
セキュリティアップデート 2007-009 について
Safari
CVE-ID:CVE-2007-5858
対象となるバージョン:Mac OS X v10.4.11、Mac OS X Server v10.4.11、Mac OS X v10.5.1、Mac OS X Server v10.5.1
影響:悪意のある Web サイトにアクセスすると、機密情報が漏洩する可能性がある。
説明:WebKit の機能によって、あるページからほかのページのサブフレームへのナビゲーションが可能になるため、悪意を持って作成された Web ページにアクセスすると、クロスサイトスクリプティング攻撃が引き起こされ、機密情報が漏洩する可能性があります。このアップデートでは、フレームのナビゲーションポリシーをより厳しくすることで、この問題を解決しています。
確かに、入力フォームから iframe や script タグを使い、異なるのドメインに置いてあるファイルを埋め込み実行されるクロスサイトスクリプティング攻撃の仕組みを考えると、たとえミドルウェアで特殊文字を HTML エンティティに変換し忘れた致命的なミスがあったとしてもブラウザで防ぐことができるというのは良い設計だと思う。
結果的にマックユーザーが 2ちゃんねるを閲覧するには “セキュリティアップデート 2007-009″ を適用している Safari(あるいは Webkit を使ったブラウザと広義になるかもしれないが未確認) 以外で、ということになる。他のブラウザがこの仕様に追随するかどうかは分からないが、ウェブ開発者は注意しておく必要があるだろう。無論、現状でサイト設計者に変更を求めるのはシェアや広告主との絡みがあるので面倒が多いと思われる。
以上のことを妻に伝えたところ、Firefox やマカエレをインストールしてまで見たいとは思わない、ということだった。LOL
- 実際使われているインラインフレームのコードを引用して紹介していたが、同様の理由で Safari の RSS ブラウジングに問題が発生したため該当箇所を削除した。

更新1: Janetouch(リンク自主規制)を使うようになって放置してしまっていたこの問題だが、2008-03-18 リリースのSafari 3.1に含まれるセキュリティアップデートで解決しているようだ。
Safari 3.1 のセキュリティコンテンツについて
Safari
CVE-ID:CVE-2008-1002
対象となるバージョン:Mac OS X v10.4.11、Mac OS X v10.5.2、Windows XP または Vista
影響:悪意を持って作成された Web ページにアクセスすると、特定のサイトに書かれているスクリプトが別のサイトへとまたがって実行される(クロスサイト・スクリプティングの)可能性がある。
説明:javascript: URL の処理にはクロスサイト・スクリプティングの問題があります。攻撃者は、悪意を持って作成された Web ページにアクセスするようにユーザを誘導することで、別のサイトのコンテキストで JavaScript を実行する可能性があります。このアップデートでは、javascript: URL の追加検証を行うことで問題を解決しています。この問題の報告は、Google Information Security Team の Robert Swiecki 氏の功績によるものです。
挿絵のように 、2ちゃんねる側のエラー出力は変わっていないところを見るとブラウザが対応したのではないかと推測できる。

I found a big trouble with Keychain Access and Safari not to be able to store Internet Password if you have two or more basic authentication accounts of every directories on the same domain. So I examined this problem here I set. Obviously, the reason is that Keychain Access fail to locate an accurate URI and overwrite account attribute to identify the authentication information as a same one.
If you will skirt around this issue, you have to edit Keychain manually. Specifically, create new password file or duplicate existing one, and modify “where” attribute to suit entire location. In many cases, all you have to do is just append the name of directory, I think.
植物はどうなのか不明だが、動物であれば誰もが生きる過程で学習するものの、無意識に誤用する可能性のあるもの、それは “区別” と “差別” だ。
レッテルはちゃんと貼れ :: 事象の地平線::—Event Horizon—
digitalひえたろうさんの「「レッテル貼り」というレッテル貼り」より。
つまり「レッテルを貼ること」が問題なのではなく、レッテルがその内容をどう反映しているかが問題なのだ。
(中略)ところで、どうして「レッテル貼り」がネガティブイメージを伴う言葉になったのかと考えてみた。
科学者が “科学” と “ニセ科学” を区別することに端を発し、それが否定的な印象を与えているということについて一連の議論が続いている。一時話題になった菊池教授による論説では、二分法の危険性を説きつつも、実は彼自身が “科学” と “ニセ科学” の二分法を用いるという矛盾が見受けられたことは確かであるし、彼にその意図があるかどうかは分からないが、一方を卑下しているように感じられてしまったことが “区別” が “差別” に変化した原因だろうと考える。
ここで学ぶべきことは “区別” に否定的な感情や思考を用いると “差別” という負の連鎖が発生するということだ。もっとも、他者と(あるいはその区別、比較から)は学ぶべき対象であっても羨望や嫉妬の対象ではないということは以前のエントリにも書いた。
さらにこの “レッテル貼り” という言葉が “区別” なのか “差別” なのか、無知になっている意識の執着を溶かす教えが仏教にある。
賢者は、存在にも非存在にも留まらない。
つまり、対象が “科学” だろうと “ニセ科学” だろうとどちらかに固執する必要は無いのである。もちろん、物事を相対的に理解するためにその区別を主張することは有意義だが、どちらか一方に、しかも否定的な意識を持って接することは否定的な世界を生み出す第一歩となる。
「how to」 よりも 「why to」 – 女。京大生の日記。
「やっと野球がおもしろいと言えつつある感覚をつかみ始めた。」
というイチローの言葉に、アマチュアから脱皮したプロフェッショナル道の追求は最終的にアマチュアへと回帰していくのかということを直観する。
これと同様のことが “プロ・アマ論” という区別にも言えると感じる。これは別エントリにしようと考えているが、一流のその向こうには “回帰” という一方通行な表現よりも、どちらにも留まらない、より自由な言葉が似合うと思う。
それにしても、”インテリ大戦争
” という書は面白そうだ。
もうすぐ産まれてくる子供の名前が決まらないので、日本人の姓名の歴史的変遷について Wikipedia を調べていたところ思わぬ方向へ寄り道をすることになった。
諱 – Wikipedia – 諱と通称との区別の消滅
しかし、諱を避け、官職その他の役職の名を使って人を呼ぶ習慣は、なお残っている(例えば福田康夫を「福田首相」と呼ぶなど)。特に天皇を諱で呼ぶことはためらわれる傾向にあり、天皇の署名については「御名」と表記して公刊されるのが通常である。逆に、天皇制廃止論者は諱で呼ぶ傾向があり、天皇に特別な敬意を示さないことを間接的に表現する結果になっている。
ここで思い出したのは、NHK の藤井アナウンサーが橋下府知事に対して “橋下さん” と呼んでいたことだ。
完全版の映像は既に削除されているようだが、藤井アナウンサーが役職の名を使って橋下氏を呼んだのは彼がスタジオ入りした時のみ、その後は彼への敬意が失われていたということを間接的に表現していたことが分かる。
藤井彩子 – Wikipedia
以上に対し、NHK大阪放送局広報部は「藤井の発言は場を和ませようとしたもの」と述べた。
しかし、主に日本語を専門とするはずのアナウンサーとその企業として、ソフトウェア企業に例えるところの “コーディング規約” の存在はどうなっているのか知りたいところだ。世間は概して当事者に目が行きがちなようだが、もし彼女が首相や天皇に対し、”福田さん”、”明仁さん” と呼ぶ可能性は否定できないことから、この問題は NHK の社員教育や管理に問題があると言わざるを得ない。
このように無意識な管理責任の怠慢さが引き起こした波紋で記憶に新しいのは “羊水発言問題” だ。この場合では、放送局への責任も騒がれていたが、芸能人のバイナリデータを扱う制約やその難しさを考えても事務所の管理怠慢が原因だと考える。その後の謝罪会見という企画が二番煎じだったこともその印象を強くしている。
どちらの例も、企業や組織の弱体化や停滞感を根本に見ると納得してしまうから不思議だ。
本来の「名ばかり管理職」の問題とは違う意味になるが、指示や命令、管理すべき立場の人間が思考を怠り、丸投げすることで負の連鎖を作り上げることはさらに頻繁に起きており、無駄な労力やストレスを引き起こしている問題だと思う。
個人的には、同級生だったという藤井アナウンサーが橋下府知事をあだ名で呼んでくれるくらいが面白かったのだが。;-)
“非属の才能
” を読んで日本のニート問題について違う視点で考えてみた。
NEET – Wikipedia, the free encyclopedia
One main difference between NEET in Japan and U.K. is that Japanese Neet are often used as derogatory reference of youth who refuse to participate in employment, education or training.
まず認識を正したことは、この言葉は政府が定義し大衆とマスメディアによって蔑視される目的で使われているということだ。江戸時代に置き換えると瓦版に穢多非人問題が取り上げられているようなものだと言うと怒られるかもしれないが、国という企業の社員として彼らをその階級に据え置くことではない、というのが当時との大きな違いになるだろう。
NEET – Wikipedia, the free encyclopedia
Another aspect of NEET in Japan is that it is seen as a symptom of Japanese working culture which some regard as unduely oppressive with routine demand for overtime and sacrifice of personal life, in extrem case resulting in death at work due to over work (Karōshi). NEET, hikikomori or freeter may belong to proportion of young generation who are unwilling to or incapable of puting up with value imposed by older generation.
(*snip*) Others believe the NEET problem is much deeper. Professor Michiko Miyamoto believes that NEETs are a “breakdown of the social framework forged in an industrial society, by which young people become adults.”
社会体制の崩壊が原因であるとすれば、この問題は一種の学習性無力感を生んでいると言えるのではないだろうか。彼らは経済活動をしないことでその破綻から生じる矛盾や不合理から身を守っているが、未熟で自立できないという状況から抜けだそうとする努力をしなくなっていると考える。
またこの社会体制の崩壊とは、企業の雇用形態もさることながら “男性は働き、女性は家事をする” というような多くの諸先輩方が持っているような社会通念の崩壊とも言える。というのは、英語圏には本来 “主婦” という言葉が存在しないばかりか、既に女性が首相となっているドイツでは蔑視的に使われるという。
“主婦”の検索結果(99 件):英辞郎 on the Web:スペースアルク
(伝統的な)〈ドイツ語〉〔【用法】家事にしか関心を持たない存在として軽蔑的に用いられることがある。
ところが日本では、主婦や家事手伝いはニートの定義に含まれないそうだ。
ニート – Wikipedia
厚生労働省は、家事手伝いをニートに含まない理由について「自営業者の家族従業員が含まれるため」としている
さらに、この社会通念の崩壊から生じる矛盾や不合理を支えているのは、旧体制から既得権益を守ろうとする閉鎖的な意識の強い男性であるということも用意に想像ができる。皮肉を込めて言うと、自分の配偶者がニートと呼ばれるようになっては政府の人間もたまったものではないのだろう。
つまり、これは注意深く内省しなければならないことだが、無意識に植え付けられた従来の社会通念から生まれるような相対的な心理、具体的には、女性の収入が多いと恥ずかしいと思うような男性の(あるいは逆に収入の少ない男性を蔑視するような女性の)心理に囚われていてはこの時代の変化に対応ができないということだ。
延いては、日本においても梅田望夫氏が提唱するような “好きを貫く” 生き方を男女問わずストレスなく選択でき、肯定的に歓迎されるような社会となることを期待している。
バブル時代に日本で台頭したグラッフィックデザインが、”デザイン” という言葉の意味を感覚的なものにし、一般的に芸術と混同される結果となってしまったことは設計者の間では既知の問題であるし、以前紹介した書籍 “常用デザイン―21世紀を生き抜くデザイン (常用デザインマニュアル)
” にも綴られている。
COULD:Webデザインへの理解を深める
以前 Pen という雑誌で、ウェブクリエーターと呼ばれる人たちの特集と『素晴らしいデザイン』とされるサイトが紹介されていましたが、ほとんど Flash サイトでした。グラフィック、動画、アニメーションを豊富に使っていますが、クリックが出来る TV (もしくはポスター) のようなもので一方的な広告的サイト。こうしたデザイン誌のセレクトの仕方は Webデザインに特化した専門誌にもみられます。
購読していたメールマガジンで偶然この雑誌のオンライン企画を見つけ、しかもその作者の一人が一緒に仕事をしたことがある方だった。彼らは海外の展示会にも積極的に出展し、名前を片仮名で売り出しているような所謂 “グラフィックデザイナー” に師事していた。一方、会議から参加していたその仕事は、クライアントの意図を汲みそれを顧客に伝達するというデザイン業務としては申し分がないどころか、ActionScript を使った演出も簡素で効果的なものだった。そういう背景から考えると彼らにとって今回の雑誌企画は、制約が多く一定の答えを導かなければならない業務制作とは対局にある芸術性を追求したものなのだろうと思う。
それではこの問題を蔓延させているのは、雑誌媒体に責任があるのだろうか?
混乱を招いているという意味ではそう言えるかもしれないが、これは自由に知を得ることが困難なバブル時代とは違い、部数や読者を伸ばさなければならない目的に由来する確信犯的な行為であると見ている。というのは、もし自分に同様の依頼があった場合を考えてみてほしい。肩書きを “ウェブデザイナー” とせず “ウェブクリエイター” とお茶を濁しているのは、制作者への配慮だと思われるからだ。どちらも積極的に使いたい言葉ではないが、もしデザイナーの肩書きでこの制作物を一般に広く紹介されるとするとこの依頼を断るか違うものになった可能性は大きい。
本当に “デザイン” や “設計” の言葉の定義や意味を知らないで使っているのであれば問題だが、このようなことは資本主義社会の宣伝文句でよく使われる手法である。”デザイナーズ・マンション” と称し、実際は利便性の悪い単なるコンクリート打ちっぱなしの建物だった、ということはありがちである。
COULD:Webデザインへの理解を深める
どうしてこんなことを書いているのかというと、Webデザインの評価が見た目や広告的なものに集約してしまうと、今 Webデザインの仕事を目指している人たちが、「良いWebデザインとはそういうものなのだ」と思ってしまうのではないかと感じるからです。
入門者でなくとも、実際に映像や紙の世界から来たそのままの意識を引きずっている人が多いことも事実である。しかし一見正論に聞こえ納得したこの意見も、道への入り口や立ち位置はどこでも良いと思うようになった。もし関わりのある他者の意識が大きく偏り、否定的な世界にいたならば教え助けてあげれば良いだけのことではないだろうか。
同様にプログラミングの世界で、脆弱なサンプルコードを紹介したからと「初心者が真似をするから良くない。」という批判を目にすることがあるが、これにも懐疑的である。批判(教育)すべきなのは、盲目的に真似をしてしまった初心者に向けられるべきで、紹介という行動をした人ではないはずだ。逆に紹介をした人に対しては、その行動力に敬意を払うべきだと思う。もちろん、そこに悪意が読み取れれば別問題ではあるし、指摘するかどうかの判断に迷うことはあっても、その行為を批判することは否定的な世界しか生まれないだろうと思う。
人は分からなくなると、見た目で判断する。
媒体を介した同様の問題について過去にもスポーツを例に述べたことがあるが、今回は様々な角度からこの仏陀の教えを痛感した。
具体的にソフトウェアの見た目の重要さについては、先日来日した Joel Spolsky 氏の講演記録も参考にされたい。
技術代替が起こる条件を紹介した興味深い記事を、LEDに随分お世話になっている内に引用しつつ紹介。
LEDが照明マーケットを変える (どう読む!産業パラダイムシフト):NBonline(日経ビジネス オンライン)
一般的な経験則として、「性能・機能が1ケタ上回るか、価格が1ケタ下回る場合」、もしくは「被代替技術の技術革新が止まっている場合」には、技術代替が起こると言われる(例えば、CDとアナログレコード、デジタルカメラと銀塩カメラなど)。
ウェブ・アプリケーションを作っていると “紙からデータへ” ということに出くわす事でもよく分かる。
ところが、ウェブページのプリント用スタイルシート(CSS)を作成したりすると、単に時代が逆だったということに気が付く。
価格が下回るとワーキングプアになりそうだが、ウェブ・ソフトウェアの技術革新を怠らないよう頑張ろう。
日本のオンラインの世界では近年、匿名性について議論される「匿名・実名論」を目にすることが多くなっている。
ウェブを「匿名の卑怯者」の楽園から脱却させるには – 池田信夫 blog
松岡氏もDan氏も勘違いしているが、完全匿名の補集合は完全実名ではない。OpenIDでもいいし、当ブログのようにgooIDでもいい。diggやSlashdotのようにメンバーどうしで格づけして悪質なコメントを隠すしくみもあるし、Boing BoingのようなIDと事前承認の2段構えもある。何もしないと、日本のウェブは芸能情報とオタク情報で埋め尽くされるだろう。
そもそもの発端は某巨大掲示板の存在や利用価値ということになるのだろうが、各投稿に認識値が割り当てられている現在このサービスは完全匿名という訳ではない。
ネットを長く使っていると、オンライン上での完全匿名について一度は考えてみたことがあるだろう。
個人的には、ネットバブル時代にヤフオク詐欺の被害に遭ったとき、犯人の足取りは結局ホテルの IP アドレスになったという経験があるし、ネットカフェのシステムを考えても、免許やパスポートといった偽造はちょっと面倒だ。
そうすると、オンライン上での完全匿名はオフラインだけか?というパラノイア的な考えに陥りそうになる。
そんな犯罪を対象にした訳ではないが、恐らく自らのブログを匿名掲示板でネタにされ炎上となることへ釘を刺したい池田信夫氏がここで言う “日本のウェブ” とは、日本語で日本人(あるいは民族)を対象にした日本語のウェブサイトやウェブページとなるだろう。
Digg や Slashdot のアカウントを持っているのが幸いしてか、それらのウェブが芸能情報とオタク情報で埋め尽くされるという発想はなかった。
ウェブが芸能情報とオタク情報で埋め尽くされるとは?
芸能とオタクは違うのか?
もうここまで考えると、この意見は支離滅裂である。
人は3つの名前を持つ。 両親が生まれた時につけてくれた名前。 友達が親愛の情を込めて呼ぶ名前。そして、 自分の生涯が終わるまでに獲得する名前である。
完全匿名、完全実名という世界が存在する可能性は薄いというのは、このタルムードの教えも示している(日本では死んだ後にも名前がある)が、結論として匿名・実名論の意見を言うと、匿名性の緩い世界と厳しい世界が両存し、両方の世界を往来できる自由がある制度が良いと思う。
また、他者の信頼を得る(信頼度を高める)とは、他者と約束をして守ることである。
これは、匿名・実名論に囚われないことを覚えておく必要がある。
OpenIDに関しては面白い取り組みではあるが、これは全てではないし何よりもまだ歩き出したばかりだ。ディレクトリサービスと認証サービスに関してはプラットフォームを問わずいつも問題となることでもある。
そんな中、子供の名前は決まらない…
更新1: “匿名はイクナイっ! 匿名の意見なんて説得力がないッ!という人が匿名” によると、その後コメントに登場する Inoue さんという実名論者が支離滅裂キャンペーンを展開しているのが微笑ましいところ。
更新2: 池田氏はFacebook上では事実上ほぼ匿名に等しいそうである。元々、他者の意識を制御したいという自我の主張であることを考慮すると、彼の純粋さに後ろ髪が引かれる思いだ。
“How did you know I have not send the mail yet?”, my wife said.
I got a Japanese chain mail for mobile phone from her, so I post the quotation here.
And note that garbled characters are emoticons which are Japanese-standard on the cell-phone market.
**返信元のメール**
大切な友達へ友情りれー
『友達』て何より大切だよね
あなたはとても大切な友達ですというあなたにこのリレーが回ってきました
このを貰ったあなたは今友情リレーの最中です☆
今からこのをずーっと友達でいたい人全員に送って下さぃ・
このがあなたのバトンですっ☆
バトンをつなぃだ友達とは、ずっと友達でいられるでしょう
もし回さなかったらあなたのリレーはここまでで、友達がいないと見なされ
今までの友達との友情がなかったことになりますっ・
今すぐ大切な友達に送って→
【き】みの
【み】せる
【に】こにこ
【あ】かるい
【え】がおに
【た】くさんの
【こ】うふく
【と】ぁぃ
【が】いっぱい
【す】ごい
【ご】くらく
【い】つまでも
【う】ちら
【れ】んらく
【し】て
【い】こうね
【よ】ろしくね
このを好きな人友達、先輩、後輩など…とにかく大切&大すきな人に12時間以内に10人に送ってください(∀)・
ど-でもいい人には絶対送ちゃだめっ・
そうしないとこの先友達と最悪な事しか起きなくて〓恋愛も絶対上手くあかなくて
失恋する事になるかも大好きな人になら送り返しもOKだよ・
HAPPYMAIL「人を好きって気持ちは簡単には消せなくてすぐに誰かを好きになるのも無理なんだ。」
このメールを7人以上の友達に送った後、送信箱をみてください
(-^〇^-)そしてあなたの生年月日を入力するとあなたの将来の大切な人の名前がでるんです(><)
このメールは現在人気の雑誌でも公開されています(^O^)
是非みなさんやってみてくださいo(^-^)o
※本当に7人以上に送信しないと見れません(>_<)
7人に送信したあと、このページを見れば名前が書いてあります。
★http://www.freepe.com/i.cgi?rarepoohsan2