もう一つの "名ばかり管理職" の問題
もうすぐ産まれてくる子供の名前が決まらないので、日本人の姓名の歴史的変遷について Wikipedia を調べていたところ思わぬ方向へ寄り道をすることになった。
諱 – Wikipedia – 諱と通称との区別の消滅
しかし、諱を避け、官職その他の役職の名を使って人を呼ぶ習慣は、なお残っている(例えば福田康夫を「福田首相」と呼ぶなど)。特に天皇を諱で呼ぶことはためらわれる傾向にあり、天皇の署名については「御名」と表記して公刊されるのが通常である。逆に、天皇制廃止論者は諱で呼ぶ傾向があり、天皇に特別な敬意を示さないことを間接的に表現する結果になっている。
ここで思い出したのは、NHK の藤井アナウンサーが橋下府知事に対して “橋下さん” と呼んでいたことだ。
完全版の映像は既に削除されているようだが、藤井アナウンサーが役職の名を使って橋下氏を呼んだのは彼がスタジオ入りした時のみ、その後は彼への敬意が失われていたということを間接的に表現していたことが分かる。
藤井彩子 – Wikipedia
以上に対し、NHK大阪放送局広報部は「藤井の発言は場を和ませようとしたもの」と述べた。
しかし、主に日本語を専門とするはずのアナウンサーとその企業として、ソフトウェア企業に例えるところの “コーディング規約” の存在はどうなっているのか知りたいところだ。世間は概して当事者に目が行きがちなようだが、もし彼女が首相や天皇に対し、”福田さん”、”明仁さん” と呼ぶ可能性は否定できないことから、この問題は NHK の社員教育や管理に問題があると言わざるを得ない。
このように無意識な管理責任の怠慢さが引き起こした波紋で記憶に新しいのは “羊水発言問題” だ。この場合では、放送局への責任も騒がれていたが、芸能人のバイナリデータを扱う制約やその難しさを考えても事務所の管理怠慢が原因だと考える。その後の謝罪会見という企画が二番煎じだったこともその印象を強くしている。
どちらの例も、企業や組織の弱体化や停滞感を根本に見ると納得してしまうから不思議だ。
本来の「名ばかり管理職」の問題とは違う意味になるが、指示や命令、管理すべき立場の人間が思考を怠り、丸投げすることで負の連鎖を作り上げることはさらに頻繁に起きており、無駄な労力やストレスを引き起こしている問題だと思う。
個人的には、同級生だったという藤井アナウンサーが橋下府知事をあだ名で呼んでくれるくらいが面白かったのだが。;-)
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フリーランスのウェブとiOSアプリ開発者で一児の父親。JavaScript, ActionScript, AppleScript, PHP, SQL, ObjCの読書実行試験運用管理を生業とし、BIND, SMTP, APACHE を MacBSD, FreeBSD, Mac OS X で使い、エディタは Vi, mi, Kod と遷移して現在は Smultron、そして Coda と Xcode の IDE を重用しています。暇を見付けてはバックギャモンゲームをオンラインで楽しんでいます。