金という道具の価値

2009年 7月 30日

しかし、日本はどうか。
もうおわかりでしょうが、「お金を出す人が一番えらいんだ。お前ら、オレには逆らうな。さあ、作品を作れ!」というスタンスなんだそうです。

引用元: 日本のクリエーターはなぜ金持ちになれないか | サンキュータツオ教授の優雅な生活.

類似する言葉をノートパソコンの購入を相談してきた母親が言っていた。目的や用途といった要件を聞いている時に、考えが整理できず面倒になったらしく「あなたは黙って私に合うものを買えば良いのよ!」というものだった。業務に於いても丸投げ体質の意識はこのようなものだろう。(ある目標の途中で挫折し外に当たる、くれない族が良い例だ。)

引用した投稿から考えたことが2つある。まず一つ目は、そもそも人が金持ちになる必要があるのかということだ。関連して生産性云々というのも真の堕落者に奮起を促し円を発行するためのドル債券を購入(あるいは、農作物を含め強制的に既に買わされているものの借金をドルで返却)するためのもので、利者主義を念頭に活動してる人とっては疎遠で付随的な言葉だと思う。

次に母親の例を含め団塊と言われる世代は、戦後の混乱の中で正しい教育を受けてこなかったということがある。もちろん現代のネット社会から見れば気の毒としか言いようがないのだが、最後の戦争の目的は日本が円市場を近隣諸国に求めたもので、その失敗の結果それまでの金融の仕組みが根底から変わってしまった歴史上の事実にあまり気付かれていないことに問題がある。因に現在ドルの影響を受けずに自国でお金を印刷している国の一つにお隣の北朝鮮があるのはご存知だろう。

そこからどのような価値観が高度経済成長を経て日本人の心に植え付けられたかと言えば、盲目的な拝金主義以外の何者でもなく、これは仏像を拝む姿勢と変わりがない(仏陀自身はそのようなことを望んではいない)。つまり、ものの価値観を正しく判断することが出来なくなり、その結果として土地バブルが起き、同じ水準で実生活に必要なお金は英ポンドよりも多い。実際にイスラエル人と仕事をした時にこちらの基準で見積もりを出すと「日本の物価が高いのは知っているが高額過ぎる」と言われた事もある(ひょっとして相手の得意な交渉術なのかと言う疑念も拭えないが)。もしお金という道具をクリエイティブに使いたいなら国家に債券を発行できるような金融家を目指すべきだろう。

逆に駆け出しの頃は「人は分からなくなると見た目で判断する」という仏の教えを利用して業界の中心部まで踏み込むことがあった。これはある芸人が「借金をして良い車を買い、その返済を動機として仕事に奮起した」と言っていたのを聞いて、車やら時計やら洋服やらを返済可能な限りで身なりを整えることだった。今でも音楽プロデューサーだと言えばそんな連想をする人が多いだろうが、虚業は素早く淘汰されてしまう高度な情報化時代であるし、他者のために何ができて、お金よりも大事なことがあり、知足を早い年代で獲得することの大切さを子供には物語にして伝えて行こうと思っている。

今でも仕事で都心に向かうとそんな内面よりも外面を重視する、シュタイナー曰く本能の赴くまま行動する動物のような人がギラギラしているのが、ある種の動物園のようで楽しい。8)

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