Archive for 8月, 2009

WordPressでTITLEタグの中身をカスタマイズする

2009年 8月 31日 Published by under 管理

wordpressのタイトルを表示形式を変更[to-R]にて説明されているやり方を参考に/blog/wp-content/themes/default/header.phpのtitleタグの中身を下記の通りに設定した。

引用元: WordPressでtitleタグの中身をカスタマイズする.

Twitter や WordPress に投稿をする際にブックマークレットを使う機会が増えているのだが、WordPress のタイトルタグの出力方法に癖があって空白文字が題名そのものの先頭や末尾に付与されてしまう問題を解決しようと試みた。条件としては引用した投稿で述べられているようにトップページの表示にのみブログのタイトルを表示し、個々の投稿や検索、カテゴリ別に表示する場合はブログのタイトルを表示せず、投稿の題名や検索語、カテゴリ名だけを表示するというものになる。
screenshot(2009-08-31 13.38.32)
具体的な作業は wp-includes/general-template.php にある wp_title 関数の $sep 前後に付いている空白文字を削除するだけだ。

if ( !empty($title) )
  $prefix = "$sep";
 
// Determines position of the separator and direction of the breadcrumb
if ( 'right' == $seplocation ) { // sep on right, so reverse the order
  $title_array = explode( $t_sep, $title );
  $title_array = array_reverse( $title_array );
  $title = implode( "$sep", $title_array ) . $prefix;
} else {
  $title_array = explode( $t_sep, $title );
  $title = $prefix . implode( "$sep", $title_array );
}

余談まで、この関数を呼び出している header.php のタイトルタグの中にある PHP コードも三項演算子を使うと3バイト分だけより短いものになる。:-)

!wp_title('', false)?bloginfo('name'):wp_title('');
wp_title('');if(!wp_title('', false))bloginfo('name');

WordPress のコードそのものは学習するのに不向きと言われているが、製品として多くの人に愛されているのは素晴らしいことだと思う。経験上から現実はそんなものだと理解しているつもりでも実践するのは難しい。

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通過儀礼

2009年 8月 28日 Published by under 雑感

一度成長しきった自我を1回リセットして、今度は「集団」の中で適合できる、生態系の中で適合できる、社会性を持ったモードに切り替えようというのが本来の通過儀礼、なのではないかなと。

引用元: どうすれば「洗脳」されずに「成長」できるのか:日経ビジネスオンライン.

通過儀礼と言えば、丁度ワールドカップの開催や年代を要因として関心を持つ時期が重なったことから米国に注目していた時にリトル・トリーという本を読んで知った「ビジョンクエスト」という言葉がある。うる覚えで恐縮だが一言で現すと「天職を見つけるための自分探しの旅」らしい。

The technique may be similar to sensory deprivation methods. It may include long walking on uninhabited, monotonous areas (tundra, inland, mountain); fasting; sleep deprivation; being closed in a small room (e.g. igloo).

引用元: Vision quest – Wikipedia, the free encyclopedia.

これは断食する仏陀像を見ると同じ事をしているのだなと科学的に考えてみる一方、日本に伝播している部では托鉢の概念が乏しく、芸能人より僧侶の方も見逃せない問題のような気がするし、情報過多の現代は心理的負荷の多い社会と感じる人も多いのだろうと思う。

ただ、いろんな事を知れば知るだけ物の区別がどうでも良くなっていくのは実に有難いことで、そういう意味では受けた情報を消化する能力に加えて行動や言動として出力し内面の動的均衡を保つ能力、更にそれらを淡々と楽しく続ける方法を選択出来る能力の必要性を痛感する。

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共通語

2009年 8月 24日 Published by under 雑感

昔福井の友人が故郷に来た時に、親と会話しているのを聞いて「何を言っているのか分からない」と言われたことがある。また、熊本の友人が田舎の親と携帯で会話している様子を見ても、その内容がほとんど分からなかった。これらの体験から標準語の有り難みと方言の豊かさを知ることができる。

おばあちゃんだとさらに「なもなも」がついたりする。南無阿弥陀仏の意味か?
「なもなも」「な〜も」は否定を表していた気がする
「かまたなもなもなにしょかね!」と、おばあちゃんによく叱られたもんだ。

引用元: 富山の言葉 – Chakuwiki.

自分の親の言い回しを聞いても、マンドクサ(´A`)<「ナモナモ」のような感じは分かる。ウィキペディアで調べると面白いことが分かった。

南無(ナム)とは、サンスクリット語のナマス(namas)およびナモー(namo)の音写。意訳すると、帰命、帰依という意味、つまり命を捧げる、それほど大事に敬うという意味が

引用元: 南無 – Wikipedia.

実際に言われてイラッとしたことがあるが意味を知ると、途端に脳の陰極に働く作用(感情)が失せてしまった。余談まで気になった部分がもう一つ、

ナマステ
インドにおける日常の挨拶言葉であり、貴方に感謝あるいは貴方を尊敬しますという意味である。ナマスは「感謝」および「尊敬」で帰命というほど宗教的な意味で使用しているわけではない。テは貴方という意味。

引用元: 南無 – Wikipedia.

昔近所に住んでいたアーリア人に元気良く「ナマステ!」と毎朝合掌していたら、ある時「私、スリランカ人です」と流暢な日本語で返されたことがあって赤面した記憶がある。

それはさておき結局のところ、同時に複数参加していることは当然、何処のソーシャルにいても他者との意思疎通において共通語の相互理解に努めるべきだと思う。それは相手に敬意を持って接することで話を引き出して分析あるいは学習するという要件定義の聞き取り、さらに出力を繰り返せば、つまりお互いの意思疎通に欠かせない要素にもなり得る。

具体的な経験として、妻の田舎に行けばその地方の方言を理解し使ってみようとする(滞在の後半は自然に口に出る)事で意思疎通の一歩を踏み出し易くなるし、また仕事上では、これは特に論理的な思考法を好む男性に多いのだが、一度の会話(非同期通信では、セッションやスレッド、ポストとも言える)で完全理解することを念頭に置いた相手に遭遇する事がある。ひょっとしたら何度も同じ事を言うのが嫌いなB. ゲイツの悪影響なのかもと疑うが、手を変え品を変え語彙を変え、身振り手振りでお互いの意識の均衡(平和)を保つことが意思疎通なのだから、お互いが納得するまで反復を繰り返すのが望ましいことだと思う。

昔はお酒の席がその手段の一種だったのかもしれないが、余興の選択肢が多い今の時代にその需要は少なくなりつつある。逆に言えば、人に会うことや家族との時間が貴重であることに気が付くことでもあるし、通信料が劇的に安くなったオンラインの道具をうまく利用することが不可欠だと感じる。

P.S. 実生活は田舎の方を向いているのに、実際に人と合う場所が山手線内に向いているのは不思議。

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ヨーヨー

2009年 8月 18日 Published by under 雑感

ヨーヨーと言えば昔、ある映画撮影の小物製作を請け負ったことがあって、その打ち上げ会場でヨーヨーの演技指導をしたという人に会った。(どうやらその当時は企業所属だったらしい。)

ヨーヨー世界大会で日本人が全7部門制覇:ハム速ニュース.

今年は残念な結果に終わったようだが、ポケットからさっと取り出す様を生で見た迫力は、出演していたある男優さんの挨拶に勝るとも劣らないほどに印象強く是非今後の活躍を願うばかりだ。

DSC00710

記念品として頂いたヨーヨーのロゴは、まず美術さんが手書きしたものをベクターに一旦持って行ってAS2で処理してみた結果NGだった(文字の解け具合や雲のモコモコ感がAIのプラグインでうまく表現できなかった)ので、最終的に映像制作の知人にお願いしてMOVにしたものをフラッシュ内でループさせた。その後「スクリーンセーバーにしましょう」と言ったきりなのだが、需要があれば iPhone アプリにでも… // 地磁気の回転使えないな ;-)

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学会を英訳すると

2009年 8月 17日 Published by under 未分類

ある「学会」に関連するページの文書設計をしていて id の命名を “academy” にしようか “society” にしようか悩み Google 検索で使用例や頻度を調べた結果、後者を選択した。しかしその後になって入稿された英字の原稿を見ると前者になっていたので文書を編集しつつこの区別を明確にすべく調べてみた。

プラトンが前387年ころアテネの郊外に設立したアカデメイアAkadēmeiaという学園由来する

[ラテン語←ギリシャ語akadēmeia(Akádēmosアカデモス+-eia形容詞語尾=アカデモスの→学園). Atticaの英雄アカデモスの墓地はプラトン学派の学園の名となった]

引用元:academy (Open with Apple Dictionary.app)

まず Apple の辞書アプリから “academy” の語源を2つ、さらにウィキペディアから「学会」の起源について。

起源
中世 – ルネサンス期のヨーロッパで、保守的な大学に反発した知識人が各々で集まって情報交換を始めたのがその起こりである。
最も初期の自然科学分野の学会は、1660年に設立されたイギリスの王立協会である。アイザック・ニュートンを始め、第一線級の科学者が集結した。

引用元:学会 – Wikipedia

以上のようなことから察するに、(梅田流に言うと多数のエリート達により)既に確立された博物館にあるような情報を扱う場合は “academy”、革新向きで現在も議論が進行しているような、よりリベラルなものを “society” と表現することが望ましく、これは情報の鮮度について述べた Google と Twitter の違いに通じるものがあると思った。

公開後に担当者へその旨伝えたところ後悔していたようなので、先に教えてあげればよかったなと思う反面、一連のやり取りから顧客の情報を扱う能力について見通す力が必要だと感じた。// for the umpteenth ReRegret :(

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移植を視野に入れたウェブアプリ開発

2009年 8月 06日 Published by under 未分類

「移植性を無視して最新のハード向けにばりばりのネーティブコードを書きたかったらiPhone向けのアプリをObjective Cで作り、さまざまなデバイスへの移植性が重要ならHTML5+Javascriptでインタラクティブなアプリを作ってiPhone上のSafariでテストしておく」というのが現時点でのスマートフォン向けの開発投資の仕方としては、最も賢い選択肢だと考えている私である。

引用元: Life is beautiful: GoogleのAndroid向けのアプリビジネスはなぜ魅力的ではないか?.

選択肢にした経験から気をつける点が2つ思い当たる。1つ目は iPhone で Canvas が使い物にならないと感じたことだ。具体的には読み込みに時間を必要とし利用者の精神的負荷となる可能性がある。ポジションカードアプリで描いているボードの絵柄は当初 Safari 3 上の Canvas で検証し問題が無いことを確認していたが、実テストに於いて第二世代 iPod touch で且つ OS が v2 だったことを考慮しても、起動に7秒前後を要した。ゲームのようにローディングで対応するということも思いついたが、ユーティリティの部類では難しいと判断した。

2つ目はスコアボードアプリの開発に於いて実践し学んだことで、こちらは manifest ファイルを記述したウェブアプリ版を先行して公開していたのだが、それら2つの機能差に明確な優位性が無かったことから販売台数は伸び悩んでいる。結果として無計画になってしまった理由は Apple の開発者向け戦略が勇み足だったというか、iPhone SDK 公開の流れでお分かり頂けると思う。

さらに、この方法を後発のポジションカードアプリ開発に適用しなかったのはこのような外的要因に加え、上述したような場合に、水平モードに固定できず Safari のツールバーが邪魔をして描画領域を確定できなかったことが挙げられる。これらの問題がクリアできれば車輪を再開発することなく移植はもちろん、ウェブアプリとして無料版に仕立てることも可能だと思う。

実際に手を動かす視点では ActionScript を使えれば OpenGL も楽しいだろうと思う反面、ビジネス的にはクラウドネットワークについて考えてしまうので SQLite を直接扱える JavaScript を選択し iPhone 市場に参入した次第だが、そんな技術話よりも米国の顧客からはブラックベリーや Facebook といった別プラットフォームへの移植の需要があるのは確かだ。しかし開発環境が無いからと断っているのは、競合が皆無でロングテール(素麺代稼ぎ)を楽しんでいるという反省すべき点がある。;-)

最後にウェブ開発者という視点で見ると、重い Parallels を使った貧そな UI を持つ IE の動作確認から逃れ、ミドルウェアを使わずにデータを入出力できる新しい技術を試す興奮や楽しさを得られたと思う。日本の自称ウェブ業界スーツ民達に技術の理解が浸透し、仕事として回り出すのはいつのことになるのだろうと思ったが、広報の方法が変化するように、案件が降りてくるのを待つよりも昨年の不況が転換期のような気もするので、日々精進あるのみと再度自省する。

P.S. Interview with Neil Mix of Pandora – iPhone Audio Streaming, Memory Management, and More も JavaScript を iPhone に利用する面白い例だと思うので参考迄。

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情報の鮮度と共有について考える

2009年 8月 03日 Published by under 未分類

とある案件で Twitter を利用したニュースの表示を提案し運用することになった。Twitter は「フォロー」と「つぶやく」 が主な機能で、前者は共同体(コミュニティやソーシャルネットワーク)作りに、後者は上述したような広報活動に役立つ。実際にはサービスが初利用の担当者だったので、一先ず広報活動を念頭に「つぶやく」ことに専念してもらうように英国政府の公式 Twitter ガイドラインを参照しつつ伝えておいた。

そのメールのやり取りの中で興味深いことがあったのは Google による検索ランクの懸念だった。サイト運用者なら当然の気付きだと思うが、どうして「サイト運用と言えば Googleランク!」という選択肢の無い状況が始まったのだろうかと、ふと疑問になった。

そもそもの問題は Yahoo! のディレクトリ検索にあると考えた。Google はウェブという広い海に点在していたページを自動的に拾い利用者に見つけ易くし、方や Yahoo! は伝統的なお役所風の(人力で申請して認可するという)方法だった。このような検索業界の対立構造の均衡が、利便性と市場の需要によって崩れてしまったという今はご存知だろうが、逆にここで考えなければならないのは Google に依存しない広報活動の方法だ。

成功か失敗かは誰にも分からないが、これからの検索業界はGoogleとMSの2つがガチンコでぶつかり合うことになりそうだ(個人的に、Twitterがそこに入り込むのはまだ時期尚早に思う)。

引用元: 技術集団としてのYahooの終焉と、検索業界のこれから | 赤と黒.

個人的に Twitter がそこに入り込んでいると思うのは、共同体作りとしての機能が活き始める利用者の増加(スパムの発生)もさることながら、もう一つの機能であるつぶやくための手段が豊富であり、Google の劣っている機能である「情報の鮮度」を扱えるからだ。

この「情報の鮮度」について考えていると、Google は実社会で言う博物館や図書館の代替になるという、彼らの目的を再確認した(梅田氏が米国のネット利用をインフラと例えたのはこの側面を見ているのだろうか)。一方で利用者の立場で考えると、記録して残しておくべき重要な情報と、それに属さない今の取るに足らない情報との積極的、あるいは能動的な区別が必要だと思う。これは通話でもリンク(ブックマークやURL)でも、共有したい情報の種類によって利用するサービスや道具が異なる場合があるという当然の教訓でもある。

P.S. このブログがプライバシー設定でロボットをブロックし、投稿と同時に Twitter で自動的に非公開でつぶやいているのはこのような意味で実験の場となっているが、Twitter をビジネスで利用するにはあくまで広報する代理人のように扱い、実体は他方に持っておくことが必要となると感じた。

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SNS の東西比

2009年 8月 03日 Published by under 未分類

ソーシャルネットワークと言えば日本でミクシィが代表的だが、サービスが始まった当初に仕事の関係する方から感想を求められたことがあって「国として難民を受けれて、天候を問わず学校のグラウンドで寝泊まりさせているようなものです。」と答えたことがあるのだが、未だにその反論が見つからない。(使っていないのだけども)

Facebook や Twitter を使いながら日本のサービスの現状を知ると、それがどうも Apple の iLife から連想される写真や動画と言ったメディアファイル(媒体)を扱いつつ、自然言語を使い現実に則して意思疎通をしようとする価値観に対して、任天堂に代表されるような、所謂ゲームやアニメという空想や夢の世界を共有するという価値観の違いに気が付く。

一方、興味深いのはミクシィの状況だ。

一方で最近、同じSNSというくくりで、モバゲータウンやGREEと比較されることが多いのですが、ちょっと違和感があります。あちらはゲームを強調されているように思うのです。先方も違和感があるかもしれませんね。

引用元: 3000万人市場を公開へ、一大ビジネスチャンスです:ITpro.

彼らはゲーム分野というレッド・オーシャン戦略(参照:革新的ソフトウェア企業の作り方)を避けた以上、上述したような価値観やその違いを区別して、Facebook や Twitter のような利便性を追求しない限り国内だけで汎用性ある道具の利用者を増やす事は不可能だろうと思う。逆にある種の OS を開発しているような状況だろうから、日本独自の意思疎通方法を模索していると言っても過言ではないと思うし、時代精神と民族精神は共存が必要なように、同じ意味の価値がそこにはあると思う。

しかし命令系統に弱い言語体系を活かすには、漫画や浮世絵、水墨等の画になるか、文字を使うとしても短歌や俳句のような抽象比喩表現を多様した伝達方法になると思うが、既にどの道も2chやニコ動、はてな俳句、pixiv(ピクシブ) などが先を行っているだろうし、足跡という新しい制度の受け入れに難がありそう(足跡が足枷に!)なので、違う方法を模索するしかない。

最後にこの東西比は平たく言ってしまうと「機能や要素を段階的に追加する」で述べたような違いの原因にも通ずるものがあると感じた。

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iPhone を DFU モードで起動する

2009年 8月 01日 Published by under 未分類

What worked best for me is hold down power and home for about 10 seconds and then release the power button and keep holding home until the device is recognized.

引用元: How I downgraded 3.0 to 2.2.1 « cocos2d for iPhone.

iPhone SDK 3.1 beta を入れた時に iPod touch のアップデートに途中で失敗し Xcode や iTunes で認識しなくなったことがあるが、引用した手順を使って DFU モードで起動したところ、初期化状態(iTunes に接続する絵が表示)の iPod touch を認識し復元することで再起する事ができた。

しかもかなり愚かだったことが、iTunes のバックアッププロセスを無効にしていたことだった。加えてアップデートに失敗した原因を冷静に考えれば 3.1 beta は Snow Leopard や iPhone 3GS 以降のハードへの最適化を目指しているだろうから、手を出したのは感情に流されたとしか言いようがない。

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