情報の鮮度と共有について考える

2009年 8月 03日

とある案件で Twitter を利用したニュースの表示を提案し運用することになった。Twitter は「フォロー」と「つぶやく」 が主な機能で、前者は共同体(コミュニティやソーシャルネットワーク)作りに、後者は上述したような広報活動に役立つ。実際にはサービスが初利用の担当者だったので、一先ず広報活動を念頭に「つぶやく」ことに専念してもらうように英国政府の公式 Twitter ガイドラインを参照しつつ伝えておいた。

そのメールのやり取りの中で興味深いことがあったのは Google による検索ランクの懸念だった。サイト運用者なら当然の気付きだと思うが、どうして「サイト運用と言えば Googleランク!」という選択肢の無い状況が始まったのだろうかと、ふと疑問になった。

そもそもの問題は Yahoo! のディレクトリ検索にあると考えた。Google はウェブという広い海に点在していたページを自動的に拾い利用者に見つけ易くし、方や Yahoo! は伝統的なお役所風の(人力で申請して認可するという)方法だった。このような検索業界の対立構造の均衡が、利便性と市場の需要によって崩れてしまったという今はご存知だろうが、逆にここで考えなければならないのは Google に依存しない広報活動の方法だ。

成功か失敗かは誰にも分からないが、これからの検索業界はGoogleとMSの2つがガチンコでぶつかり合うことになりそうだ(個人的に、Twitterがそこに入り込むのはまだ時期尚早に思う)。

引用元: 技術集団としてのYahooの終焉と、検索業界のこれから | 赤と黒.

個人的に Twitter がそこに入り込んでいると思うのは、共同体作りとしての機能が活き始める利用者の増加(スパムの発生)もさることながら、もう一つの機能であるつぶやくための手段が豊富であり、Google の劣っている機能である「情報の鮮度」を扱えるからだ。

この「情報の鮮度」について考えていると、Google は実社会で言う博物館や図書館の代替になるという、彼らの目的を再確認した(梅田氏が米国のネット利用をインフラと例えたのはこの側面を見ているのだろうか)。一方で利用者の立場で考えると、記録して残しておくべき重要な情報と、それに属さない今の取るに足らない情報との積極的、あるいは能動的な区別が必要だと思う。これは通話でもリンク(ブックマークやURL)でも、共有したい情報の種類によって利用するサービスや道具が異なる場合があるという当然の教訓でもある。

P.S. このブログがプライバシー設定でロボットをブロックし、投稿と同時に Twitter で自動的に非公開でつぶやいているのはこのような意味で実験の場となっているが、Twitter をビジネスで利用するにはあくまで広報する代理人のように扱い、実体は他方に持っておくことが必要となると感じた。

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