Archive for the '雑感' Category

仏教入門

2011年 8月 01日 Published by under 雑感

はてなブックマークで「「人は何を考えているときが一番幸せか?」 脳波スキャンで解明される : earth in us.」という記事の人気があったので見てみると、Googleの研究者チャディー・メン・タンという人が紹介されていた。どこかで見たことがあるなあ、と思っていたら最後にリンクされていた TED の動画を見てビックリ、2007年に開催されていた Google Teck Talk にフランス人僧侶のマチウ・リカール氏を招いていた人物だった。

僕が初めて読んだマチウ・リカール氏の本はこのブログの中でもたまに引用するんだけど、「僧侶と哲学者―チベット仏教をめぐる対話」で、サッカーのW杯へ二度目の観戦に行くかどうかを決めかねていて矢先、ネットニュースでフランス人とやり取りをしている中で教えてもらったものだった。(日本が初めてW杯に出場しフランスにやってくるということもあって仏教を含めた日本ブームが起きていたらしい)子供が産まれる直前にも不安を掻き消すように再読していたこともあり、懐かしさも込めて仏教理解に役に立った本を数冊紹介することにする。因にここで言う「仏教」とは、劣化複製され部分的に派生した日本にある多くのモノと違い、言い出しっぺ本人が何を考えていたのかを理解する原典、いわゆる「原始仏教」について話しています。(プログラマであれば「学ぶ時には『原典』に当たる」という格言は有名ですね。)

  • ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

    高校時代に読んだというアマゾンレビューもあるほどの基本中の基本な本で「宮崎 哲弥氏と呉 智英氏との仏教対談 – ニルヴァーナへの道」でも言われているようにまずこれを読むと良いと思います。彼の説法は喩えの巧さは然ることながら、訳注にも書かれているんだけどサンスクリット語で聞くと歌のように聞き心地が良いと言うから興味が尽きないところ。

  • シッダールタ (新潮文庫)

    バックパックトラベラーの友人から貸してもらって読んだ本。これは、パスツール研究所で学び父親が西洋哲学者であるマチウ・リカール氏が仏教僧侶になったという事実にも言えることなんだけど、英語とか第二母語を話すようになって日本語が正しく使えるようになるのに似ていて、西洋人の仏教理解について学ぶことが東洋の仏教理解に大いに役立つと思う。「両端を知り尽くして中道を行け」という仏教哲学そのものを具現化する一冊。

    修行を放棄して俗世にやって来た本人が、事業をしてもサイコロを転がしても上手く行くというくだりがバックギャモン愛好家としてはお気に入り。

    小説ではないんだけど同種のものとしては、zen habits というサイトの管理人が書いた「Focus」も少し道教が混じっていますが気付くことが多くて面白かったです。

  • 掌の中の無限―チベット仏教と現代科学が出会う時

    先に紹介したマチウ・リカール氏の対話本の続編なんだけど、「もし万能/全能の神が宇宙を作ったというのであれば、出来損ないの宇宙が見つからない限り、彼に宇宙を作らない自由が無いので万能/全能ではない」という趣旨の、一神教や神の万能性に対する否定論が最も印象深かった。これを読んでからは、個人的にも代理店の担当者から「hkitagoさんの作ったものは完璧です!」とか持ち上げておだてられることがあるのだけど、「ああ、そっちの人なのか」と冷めた目で見てしまったりして。日本の文化に関して言えば、元々の多神教文化もあることに加えて、これは先の宮崎さんの番組でも言われている「他力本願」だとか「無下な感謝」を広めてしまった親鸞さんの悪影響という面もあるのかと思うのだけど、モノを作って公開するというプロセスを経験したことがある人なら理解が深いと思う。(作るものを「子供」に置き換えないように!)

これだけ読むと日本人が書いたビジネス書だとか「〜する何ヶ条」みたいなハウツー本の多くは仏教哲学の二番煎じか「てにをは」を変えただけに見えて味気なさを通り越して滑稽に見えてくるので、そちらを楽しみたい方は読まない方が良いと思うので予め。

最後に、スティーブ・ジョブズ氏も今年の講演で言っていたように、ハードウェアに対するソフトウェアは人間の精神に相応することもあって、この記事が多くのソフトウェア技術者やそれを目指す人へ参考になればとても幸いです。

P.S.
紹介したあらゆる映像の中で「思いやり」とか、あるいは「慈悲」と訳される英単語「Compassion」に対する言葉が「Passion」であることはとても面白いと思ったことも留めておきます。

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THE BACKGAMMON

2011年 5月 17日 Published by under 雑感

依頼を受けてJBL Internet Backgammon Shopで過去に販売されていたバックギャモン入門ビデオを Youtube のサーバーにアップロードしました。

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デジタル時代の起業

2011年 5月 17日 Published by under 雑感

前の投稿に引き続き起業ネタ。先日高校時代クラスタの異業種交流会があって商社勤務でデジタル起業に関した仕事をしている彼の FB で教えてもらった記事から。

先ほどお話しした発明のところに付随して、「実装したものを持って来い」と言われてしまうというか…、プロトタイプを持っていかないと投資出来ないのが大企業の実情です。

穐田誉輝氏×アレン・マイナー氏×仮屋薗聡一氏「日本から強いベンチャー企業は生まれるか」~G1サミット2011レポート~ | GLOBIS.JP.

どうやら司会をしている方がスタンフォード留学中の彼と面識があるようで記事自体はなかなか興味深く、「Google のイノベーションはそうじゃないよ!」の部分は胸熱で、引用したところで「動かないもの持っていく人いるのか!」ってツッコミはさておき、実はそれ以前にシリコンバレーではプロトタイプすら作らないそうです。

“プロトタイプは作らない
作る時間が既に無駄” http://tumblr.com/xcj2jle13xless than a minute ago via Tumblr Favorite Retweet Reply


既に軌道に乗ってしまった企業との比較なのは問題もありますが、オンラインサービスやシステム開発と維持管理での起業は、ラーメン代を稼ぐ事で軌道に乗れてしまうという制作コストが(他業種と比べて)圧倒的に低い利点があります。
YouTube – ロバート・キヨサキが奨めるネットワークビジネスの6分辺りから。

「アイディアを即カタチにできればあとはやるだけ」とは簡単のようで、中には「ゼロをイチにするのがクリエータで…」とかビジネススクールの講師みたいな念仏を唱える人もいるのですが、先のリンクにも書かれているように他人のアイディアや功績(職業的にはライブラリとも呼べるだろうか)をどう組み合わせるかというところでは幼少の頃からやっている事が変わらないなあ、と子供を見て思うのでした。

そこが、「オリジナル主張」って?とかリブログ批判のような疑問に繫がるところでもあるという話はまた別の機会に。

P.S. iPad2 はアプリを作らないと買わないことに決意、というか iMovie と Grageband を立ち上げてもカクカクしない iMac がほしい…。

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縄張りと柔軟性

2011年 3月 23日 Published by under 雑感

世間的な災害の報道も加熱を過ぎた様なところで、組織論についての考察。

@may_roma 日本の官僚機構の特徴でしょう。「ジェネラリスト」という美名のもと、あちこちを異動しまくって、結局何が専門かよく分からんという。真のジェネラリストって、専門を持った上で、幅広く知識を持ってるということだと思いますけどねぇ。less than a minute ago via HootSuite


育児のためにラブホテルが立ち並ぶ渋谷から少し郊外に引っ越して、代理店からの受託開発が減ってきた(この点にも大いに問題はあるのだけど…)頃にフリーランスとしての現状というか、生業を継続するために選んだ道の一つが iPhone アプリ開発だったのだけど、その時に読んだ「Eric Sink on the Business of Software 革新的ソフトウェア企業の作り方」には「小さな会社」と「大きな会社」では働く概念の差異があると述べられている。

  • 小さな会社では、ほどんどの人が複数の役割を担う。(中略)ここで鍵になる考え方は柔軟性だ。
  • 大会社ではもっとスペシャリストが多い。(中略)ここで鍵となる考え方は縄張りの遵守だ。

この2つは非常に異なった文化であり、それが交わるときには酷いことが起きやすい。

引用元: Eric Sink on the Business of Software 革新的ソフトウェア企業の作り方

組織という点で考えるとこれは会社に限ったことではない。大家族であれば、父親は仕事だけ、母親は家事や育児だけという専門性を持って生活することができるだろうが、近年の核家族において同じような概念や規則で動いていると、どこかでストレスや不満が溜まりどちらか、あるいは両者が破綻することが容易に想像できる。

という訳で、自分の職種にも「デザイナ」や「プログラマ」と書かずに「開発者」を名乗っている理由がそこにある。その昔に Bill Joy が提唱していた “The small system methodology” も然り、近年のベンチャーキャピタリストが言うことも然り、過去のレトリックに惑わされることなく自分の置かれている状況と対応についての区別は明確にしておきたいものだ。

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iPhoto 11でメール送信

2010年 10月 28日 Published by under 雑感

iPhoto 11でメールの送信方法が変わったということをツイートしてたのだけど、子供が通う保育園に掲示してあるような印刷物を撮影して妻に連絡するといった場合に、送る写真の大きさが「適切な」と「実際の」という二通りの選択肢しかなく視覚的に難があったり、わざわざ装飾された過度に大きなデータにする必要もないということに気が付いてきた。

写真をEメールで送る時は、メールアプリケーションと写真フォルダの間を行ったり来たりして、ちょっと面倒。iPhotoなら、そんな手間はいりません。

引用元: アップル – iPhoto – 新しいフルスクリーンビュー、写真つきのEメールなど、様々な新機能。.

開発元はこのように広告しているのだけど、cc: や bcc: を追加したり、他のメールアプリで送信したいという需要もあるようで、前バージョンのように(任意の)メーラーを起動して写真データを渡す方法が “Apple – Support – Discussions – iPhoto 11: A new way to use the old …” に投稿されていた。具体的には、Automator を使ってサービスメニューを次の手順で作る。

  1. Automator.app を起動する。
  2. 「ファイル>新規」メニューの選択後、下りてくるモーダルボックスで「サービス」を選択する。
  3. ウィンドウ右側のパネルの「”サービスは、次の項目を受け取ります:”」のプルダウンで「入力なし」、「検索対象:」を「iPhoto.app」 を選択する。
  4. 「選択された iPhoto 項目を取得」アクションを追加する。
  5. 「新規メールメッセージ」アクションを追加する。
  6. 「最前面のメッセージに添付ファイルを追加」アクションを追加する。
  7. 名前を付けて保存する。

そうするとワークフローファイルが “~/ライブラリ/Services/” に保存され、iPhoto を起動した状態で「iPhoto>サービス」メニューを選択することができるようになる。

You can resize the Photos using the option at lower right of the Mail window:

引用元: Apple – Support – Discussions – iPhoto 11: A new way to use the old ….

うまく使い分けて使いたい。

P.S. 共有方法を見てもG社よりF社と仲良くしたいんだろうなあ…。Y社は眼中にないか。;-)

更新(12/22):Apple が 9.1.1 (527) のアップデートで外部のメールアプリを設定できるようにした。スタイル付きのメールとどちらも使いたいと言う場合を除いて環境設定しておくのが良いと思う。

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Jobsの混乱人生

2010年 9月 03日 Published by under 雑感

女性の方をよく知らないのでネタには食いつけなかったのだけど、実は iPod nano をプレゼンした Jobs 氏が、画面を逆さまにしてしまった時の一言が面白くて盛り上がっていた。

確かにipod touchもnanoも欲しいけど、画面を回転させただけでわーおー!って会場が盛り上がるのは行き過ぎではwこの反応のよさはジョブズと田村ゆかりのお客さんだけがこのレベルだwless than a minute ago via Echofon

この件はGIZMODEでも引用が映像と共に取り上げられていて、日本語版はあっさりと紹介した記事になっているのだけど、視聴した特別イベントの中では一番興味深い場面だった。

“I live a lot of my life upside down,” he said.

引用元: Why Is Steve Jobs Living a Lot of His Life Upside Down?.

丁度電子版で読み終えたにも彼の人生の例はたくさん登場したので、本人の口から出てきた言葉としては貴重なものだと思った。考えさせられるね。

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疾患と厄年

2010年 8月 07日 Published by under 雑感

オシムが日本人の死亡率トップは脳卒中だと言っていた。

広告に噛み付いても仕方ないのだけど ”日本人の年間死亡原因の第一位は中絶?” のような気もしていたし、診断名の規制などに加えて、次のグラフが示す様に性や年齢別に変化があることを知った。

性・年齢階級別にみた主な死因の構成割合(平成14年)

引用元: 死亡原因.

過去の投稿で「通過儀礼」について考えたのだけど、同じ様に民族的な風習にある厄年(男性は25|42(本厄)|61歳)との因果関係を前提にこのグラフを見ると、順に自殺(精神疾患)、心疾患、癌が該当することになる。また、”こんな国にも厄年があった!” に書かれている占星術における厄年 “Climacteric year” という単語の意味を調べると、やはり何かと精神的に悩ましい時期を表しているのだろうと思う。そして次のような通過儀礼に対する懸念は、今後男性に限られるものではなくなる事も容易に想像がつく。

日本の男性は急速に幼児化している。
これは動かしがたい事実である。
男子を成熟に導く「通過儀礼」的な人類学的装置が根こそぎ失われたためである。

引用元: 幼児化する男たち (内田樹の研究室).

育児放棄の問題を垣間見ても、また前頭葉が完全に成熟するのは25歳前後と言われている様な事や平均寿命自体が伸びていることからも、現代の成人式は30歳にしても良さそうな気もするし、あるいはそんな装置自体不要なのかもしれない。

P.S.
英国の場合に厄年が10年単位なのは “decade” の語源にも関連がありそうだと思い Mac OS X の辞書.app にある New Oxford 辞書で次の様に書かれていた。

USAGE 1 The U.S. (and primary British) pronunciation of decade puts the stress on dec-. An alternative pronunciation used in Britain sounds like the word decayed. This latter pronunciation is disapproved of by some traditionalists, but it is regarded by many as a standard, acceptable alternative. 2 Note that when decade means ‘a division of the rosary,’ the pronunciation is distinct: the stress is on dec-, but the second syllable sounds like id, not ade.

注1:米国発音は「ディ」を強く言うが代替として英国式も使われる。後者は保守派から承認されていないが、スタンダードで受け入れるべき代替発音として認知されている。注2:ロザリオを意味するのなら発音は別のもの(ˈdekād→ˈdecād)になるが、二節目は「エイド」ではなく「イド」のようにになる。

ロザリオと言えば先日のワールドカップで握りしめたマラドーナ監督がキスをする姿が記憶に新しいが、やはりカトリックと10年という単位は何か儀式めいたものがある。

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あなたは真の起業家か?

2010年 6月 07日 Published by under 雑感

フリーランスというか、己や家庭を経営するというような見方でも参考になりそうなことだったので、ReadWrite が “Startup 101″ と題して連載している記事 “Are You Really an Entrepreneur?” を抜粋し意訳。

  1. 常に機会(=あらゆる痛点)を探している。
  2. 長い時間、長い日数、無期限の仕事ができる。
  3. 健康である。
  4. 独自のサービスや製品がある。
    お菓子屋さんにいる子供ジレンマに陥らない。
  5. 長い成功のために短い犠牲を払う。
  6. 正直で誠実である。
    類は友を呼ぶ。
  7. 集中できるものを持ちながらもトレンドを追っている。
  8. 自信がある。
  9. 規律正しい。
  10. 「分かんないけど、すぐに分かるよ」と言える。

10番目がよく分からなかったのでじっくり読んでみると、

Entrepreneurs have to be generalists. They may know one thing very, very well. But they also have to know enough about almost everything else to occasionally do those things themselves, and have the judgment to eventually hire the right people to do those things.

引用元: Are You Really an Entrepreneur?.

起業家は多方面の知識を持つゼネラリストだ。一つのことに特化した知識を持っても良い。しかしやらなきゃいけない全ての事について、時には自身でやるのに十分な知識を持つ必要があるし、最終的には適切な人材を雇う判断力が必要とされる。

ReadWrite は過去に参照した記事 “ソフトウェア開発の今後” でも紹介した様にズバッと核心を突いてくるのでとても面白い。

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呟きは郵便になれるか

2010年 2月 19日 Published by under 雑感

Twitter 社がTwitter登録商標の利用ガイドラインを公開した。

つぶやきメッセージのことは「ツイート」と表現してください。

引用元: Twitterヘルプ: Twitter登録商標の利用ガイドライン.

また、Twitter の未来について堀江氏が次の様に書いていた。

eメール並みに長生きする可能性は十分ある。

引用元: 堀さんがtwitterに関する面白い記事を書いてたので突っ込みなど|堀江貴文オフィシャルブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ」by Ameba.

某巨大掲示板と同じ感覚で「もう Twitter に人が来なければ良いのに」という発言を見かけることがある。しかし “ツイート” を “メール” に置き換えて考えると「もう Gmail に〜(ry」となるが、逆にそのような発言をする人は皆無に近いし、同じ様な事が電話にも言えると思う。適当に番号を押せば誰かに繫がって話す事は容易だという点でもツイートもメールもテレフォンも変わりが無い。

パソコン通信からブログ、SNS、ツイッターと進化(退化)したように次の波が来る

引用元: ■グロービス堀義人ブログ: ■ツイッター7つの仮説.

先述の引用した記事を遡って読むと比較対象の条件が利用者側の意思疎通という点に絞っているようだが、Twitter が整備された API を公開している技術的な側面において電子メールが RFC (Request for Comments) に沿った技術仕様を持つように、呟きが郵便や電話と同等に(梅田氏の言葉を借りると)公共のシステムとして使われて行く可能性は十分にある。ただ一つ問題があるとすれば無料サービス故に収益面に不安があって、Google Buzz に駆逐されるのではという懸念がある。そこはメールの様に仕様を共通にして UI で競争するということにすれば良いと思うのだが、主導権争いの状況ではどうなるのかは不透明だ。

加えて、もしそうなれば呟きというシステム/サービスがデジタルの世界から確立されていくことはとても興味深いことで、同年代の友人にいくら勧めても(iPhone を使っていても)未だメールだったり、初老の方は(PC を持っていても)電話だったりするけれど、重要なのは相手によって使う道具を選択できる自由があることだと思う。

注釈:同期的に掛け手の意思を押し付けるという点でチャットは電話を凌駕することはなく、代わりにメールの持つ非同期性をうまく汲み取ったのがツイートだと考えているので、ここでチャットは度外視した。

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何故日本でiPhoneの販売数が伸びないのか

2009年 11月 23日 Published by under 雑感

先日参加した「スマートフォン市場における iPhone & Android の今後のビジネス展開」というセミナーでは、国内の市場の方向性を決定する存在でもある、ケータイのソフトウェアベンダーがどのような価値観を持っているのかについて伺い知る事ができて参考になった。特に質疑応答の中で「何故日本でiPhoneの販売数が伸びないのか」という回答が、発表者の個人的主観であると前提はあるものの、以前から繰り返されていることではあるが、直接聞く話として確認ができたことは有意義だったと思う。その部分を iPhone のボイスメモから切り出したので興味がある方は聞いて頂きたい。(録音と流用の禁止は通知されていなかったのだが、もし問題がある場合はご連絡願いたい。)

大筋では Phil Shiller 来日報告に関する 2ch まとめブログで分かるような内容ではあるが、細かい所で2つ思うことがある。それは、凡そ一年間世界中からフィードバックを頂いた経験から把握はしていたが、iPhone 利用者はウィンドウズ OS の利用者が多いという調査結果があるということと、関連した戦略として Apple は iPhone の販売を Mac OS へのスイッチキャンペーンの一環として利用しているのだろうということだ。事実その効果は、最近の決算報告を見るとうまくいっていることが分かる。

C2Cのウェブを絡めるサービス/アプリケーションの開発者としては国内ケータイや iPhone の善し悪し、あるいは非接触通信などの技術はどこの国が開発したかというような問題を捉えるのは二の次で、人の問題を解決したり目的までの手間を軽減するために、利便性や柔軟性の高い開発と実行環境が揃っていればこちらで対応するので何でも良く、もっとハッキリ言えば国内の iPhone 販売数自体興味が薄い、というのが本音だ。ただ先にも述べた様に今回聞いた内容は、携帯端末の国内市場がどちらの方向にどのくらいの速度で転がって行くのかを予想する上で役に立ったと思う。

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