ハウ本引用集


OKR本でも幾つか引用され、原題もMatters韻を踏んでいるハウ本の引用を残しておきます。10年以上前の出版になりますが、某米国SNSや日本企業のやらかしを見ててもどうしてそのような事が起きてしまったのか大体話が繋がってきます。

  • この新しい世紀では、世界中の人がともに栄えるか、ともに衰えるかしかない。
  • 「どのようにやるか」に無頓着な個人や組織は、すでに遅れをとっている。
  • インドネシアでは、群島一帯に一万軒以上の「オネスティ・カフェ」があり、学校でも「オネステイ・キャンティーン」が見られる。この売店にはレジ係がいない。生徒は好きなものを棚から取り、代金は箱に入れる。おつりがいるときは別の箱から取る。インドネシアの若者に誠実さを身につけさせ、今後の人生で不正行為に走ることを予防するのが目的だという。
  • テクノロジー+人間の情熱✕(まちがった考え+悪い価値観)=過激主義と世界的機能不全
    テクノロジー+人間の情熱✕(正しい考え+よい価値観)=世界の安定と持続可能な繁栄
  • 私たちは、生き方の危機と絶命の危機を区別しなければならない。
  • アルバート・アインシュタインが言ったように、そもそも問題が生じたときと同じ考え方をしたのでは解決はおぼつかない。
  • 大手金融機関の崩壊で実証されたとおり、企業を持続可能にする要素は規模ではない。ビジネスのやり方ー従業員、株主、顧客、サプライヤー、環境、社会、そして未来の世代との関わり方こそが、カギを握っている
  • たとえば儒教では、法はつまらない人間を律するが、正しい行ないは偉大な人間を律するという。
  • 二〇〇八年には、アイデアズ・フェスティバルで、「行動で勝る(outbehave)」という新しい概念を提唱した。コロラド州アスペンで開催されるこのフェスティバルは、世界にとって重要と思われるアイデアの交換を目的としている。私がとくに強調したのは、「業績で勝る(outperform)」「計略で負かす(outfox)」「知恵で隊つ(outsmart)」「策略で勝つ(outmaneuver)」「生産力でしのぐ(outproduce)」などとは違って、「行動で勝る」という言葉が辞書に見つからないことだった。
  • 私の敬愛する思想家やリーダーはすでに、HOWこそを人間の営みの柱とし、また不朽の価値を創出する拠りどころとしてとらえ、拡大させている。そして、私が提唱しているように、HOWを副詞(例:「どれだけ市場シェアを奪えるか」)ではなく、名詞(例:「あなたのHOWを正す」「違いを生むのはHOWだ」)として使うようになっている。
  • 二〇世紀に私たちは、あらゆる産業が数少ない巨大企業に整理統合されていくのを目の当たりにした。そこでは、大企業は中小企業よりも強く、だから成長はよいことだという前提があった。すべての企業は「大きすぎてつぶれない」をめざしていたと言ってもいい(この言い方は、住宅ローン危機のさなかに、「大きすぎてつかせない」というまったく別の意味を帯びるようになった)。今でも、ビジネススクール、投資家、資本市場、ビジネス関連メディア、そして企業からなる世界では、この原則が成功の目安になっている。
  • 昔の上司は部下に、「やり方はどうでもいい。とにかく仕事を片づけろ」と命じるだけですんだ。もっと進歩的な上司は、枠にとらわれずに考えることを社員に求めた。それが部下に対する敬意とされた。だが私の考えでは、それも侮辱である。社員を言頼しているなら、そもそも枠などいらない。
  • 私は最近、ラスベガス行きの機内で客室乗務員がいかにいて乗客全員とつながりを築くかを目のあたりにした。私たちが降りる準備をしていると、スピーカーからこんな陽気なアナウンスが流れてきた。「お席のシートベルトを畳んでから機を降りられますと、カジノテーブルでの運気が上がるというのは、みなさまよくご存じのことと思います」。みんなが笑い、そして彼女が促したとおりのことをした。
  • 「希望は戦略ではない」というビジネスの常套句がある。
  • “ビジネスは戦争”で、”情報は力”で、”戦利品は勝利者のもの”とされた”速攻型”資本主義はもう通用しない。テクノロジー、コミュニケーション、統合、援性の進歩が、ビジネスのやり方と私たちの生き方に、著しい変化を生み出している
  • 中世では、誰よりも土地を多く支配する者が天下をとった。土地はゼロサムゲームだ。こちらの取り分が増えれば、あちらの取り分は減る。
  • ちなみに、capital(資本)という単語は、頭を意味するラテン語のcapitalis に由来する。資本主義のもとでは、頭を使えば頭抜けることができる。
  • 要塞資本主義の時代には、弁護士や医師、会計士などの知的職業階級が、主にふたつの方法で利益を得ていた。ひとつは、知識を秘蔵し、それを小出しにして高い料金を請求する(通常、相手は困っているか、病気を患っているか、「尻に火がつく」寸前で、知識を切実に求める人たちだ)。もうひとつは、専門的で解読できない法律用語や税法、契約書の「細字部分」などでバリアを築き、自分たちの知識に人々が簡単に近づけないようにする。こうすれば彼らの価値はあがる。
  • 今、肝心なのは、人々に伝えることだ。秘蔵することでもない。秘密をつくることでも、非公開にすることでもない。情報経済の若き巨人たちであるヤフーやグーグル、アマゾンやeBayは、それがわかっている。
  • 哲学者のヒュームはかって、道徳的想像力は距離とともに減少すると述べた。ヒュームが言いたかったのは、地球の裏側にいる人に対して感じるつながりや義務感は、同じ部屋や、同じ街、さらには同じ国にいる人に対するそれとは違う、ということだ。
  • 「この質問を日本人に投げかけたときは」とハムデンーターナーは言った。「彼らは、とてもむずかしい問題だからと、いったん部屋から出て考えることを求めました。(中略)彼らは普遍的で絶対的な真実を語りたいと考えた。その点では西洋の特徴と重なります。ただし、彼らの文化は同時に、個別の友人に対する愛と忠誠心も重んじる。ひとつの考え方から別の考え方へと移行したわけですが、それは白人アングロサクソン・プロテスタントとは逆の方向からのアプローチでした」
  • たとえば日本向けには、本題に入る前に社交上のあいさつを交わすという同国のビジネス習慣にあわせて、「グローバル・バーチャル井戸端会議」機能を拡大した。
  • インスタントコミュニケーションのプレッシャーはもうひとつある。それは、言うなれば「返信への期待」だ。
  • 彼らの成功の多くは「ジャスト・ドウ・イット」の習慣と同じ、ご都合主義と短期的な価値のもとに築かれていたのが明るみになった。
  • 規則がうまく機能しないのは、考えられるすべての行動を計算しつくせないからだ。
  • 実際、ギャラップ世論調査によると、人々の仕事上の幸福に結びつくのは、賃金よりも、認められること、称賛、毎日自分が得意なことをする機会であるらしい。
  • 知識には翼がない。
  • 「相手が見ず知らずの人間であっても、褒美をもらえなくても、人が問題を解決するのを手伝う習性は、ごく幼い子どもに自然にそなわっている」。この見解は、「人間は社会から抑制されないかぎり利己的な行動に走る」という誤まった通念を否定する。
  • ちなみに、この実験では富の共有をまったく行なわなかった人がおよそニパーセントいたが、その数字は人口に含まれる反社会性人格の割合とおおむねー致するという
  • スミスが『国富論』で資本主義と自由市場という概念を生み出して以来、彼の理論は多くの人に誤用や誤解をされ、「ビジネスは戦争だ」「自出旅街資本主義」といった主張の正当化に使われてきた。
  • 権利(ライト)があることと、正しい(ライト)ことはちがうのです。ーポッター・スチュワート
  • もうひとつの問題は、規則のつくられ方が、能率的でもシステマティックでもないことだ。国や自治体の規則は、政治的要求に影響されやすい代議士の集団によってつくられる。軍隊や企業の規則は、権力を握っている人間や権力をふるいたがる人間によってつくられる。保守派論者のウィリアム・F・バックリーはかつて、ハーバード大学の教授たちに統治されるくらいなら、ボストンの電話帳に載っている最初の二〇〇〇人に統治されたほうがましだと言った。ハーバードの人々は相当頭が切れる人たちなのに、だ。人はよかれと思って規則をつくるが、多くの場合、その規則は集団の目標に合致しない行動の対抗策としてつくられる。
  • 多くの人は、言葉は思考のあとに出てくると考えている。何かが頭に浮かんだあとに言葉を探してそれを表現する、というわけだ。ところが研究によれば、事実はその逆で、言語あっての思考なのだという。それゆえ、語彙が増え、文法に習熟すればするほど、私たちの認知は洗練されて繊細になる。
  • 衣料品メーカー、リーバイ・ストラウスの行動規範には、こうある。「正直で信頼に足る人間であること。やると言ったことはやること。誠実であること。たとえ個人的なリスク、職業上のリスク、社会的なリスク、あるいは経済的な圧力に直面しても、従業員、ブランド、会社、社会全体のために正しいことを進んでやること」。こうした原則に関わる声明は一見、漠然としていて、日々の仕事に活かされるとは思えない。だが実際は、ある組織がどんな言葉を選ぶかで、集団のその後の行動は大きく変わってくる。
  • 「やってもいい」と「やるべき」の違いに、HOWの世界での繁栄に向かうきわめて重要な一歩がある。真の自由は、制約のないところにあるのではない。それは、規則に基づく思考を超えたところにあるのだ。
  • 規則にとらわれた「やってもいい」という言葉を超え、価値観に触発された「やるべき」という言葉を採用すれば、あなたには、功績の共有といったシンプルな選択肢に加えて、UMHSの例のような真に革新的な解決策への道筋も開かれることになる。
  • 価値観は、自然に「床」(ものごとの最低基準)をつくるが、不用意に「天井」(上限)をつくることはない。
  • 規則と価値観の相互作用を理解し、「やってもいい」と「やってはいけない」の世界から自由になること、それはHOWの世界の文法をマスターするのに欠かせないステップだ。
  • この世で誉れある生き方をするもっとも確実にして近い道は、実際にそう見えるようにすることである。ーソクラテス
  • 「誠実さの元をただせば、自分は正しいことをしている、仕事に満足していると知ることにあるのだと思います。」
  • 不協和は、新しいことを学んで順応しようとする人にも深刻な害をおよぼす。この点について、スイスの発達心理学者ジャン・ピアジェは、「調節」(対立する複数の概念を調和させること)は、「同化」(新しい概念を真実として受け入れること)よりもむずかしいと言っている。
  • 「シニシズムは企業を毒殺する」と言うのはジョン・ワナウスだ。オハイオ州立大学でマネジメントと人的資源を所究するこの教授は、三年にわたって1000人以上の労働者を調査し、こう結論づけた。「シニシズムがあふれると、会社と職務全般に対する従業員の考え方がその色に染まる」
  • 私たちを導いてくれるのは、場当たり的な「今できることは何か?」ではない。根本的な「何を言じるか?」だ。
  • 「知識は力なり」というフランシス・ベーコンの格言は、彼が生きた一七世紀と変わらず今も正しい。
  • トップタウン式の階層で成功するのに役立ったスキルや習慣は、もはやさほど重要ではない。強くてもコミュケーションの足りないリーダー、へつらうイエスマン、強引なセールスマンはみな急速旧世界の遺物になりつつある。
  • 工業化時代の資本主義では、代理や代行が一定の役割を果たした。履歴書は職歴の代理であり、コンプライアンス・プログラムは金融業界と規制当局に、会社が規制に配慮していることを告げるのを代行した。前職でもらっていた給料は、あなたの市場価値を伝える代理となった。私たちは自分の価値をもっともよく示す指標を選んで前面に出し、世間に見えるようにした。
  • 儀礼としての謝罪が深く文化に根差している日本
  • 謝罪は、責任を受け入れることであると同時に、不当な扱いを受けた側に権力を譲ることでもある。許すか許さないかの決定権を相手にゆだねるということだ。
  • CIAの古い決まり文句が耳に鳴り響く。「何も認めるな。すべてを否定しろ。逆に非難しろ」
  • 実際、訴訟が多い社会では謝罪は奨励されない。
  • 冷笑家たちは、人はみな利己心から行動すると信じている。
  • 今では透明性が説明責任、強み、相互理解への道として解釈されている。もはや「超空の覇者」のコスチュームを身にまとう必要はない。スーパーマンになろうとすることや、みんなに好かれようとすることは、もう強みにはならない。弱点を隠すことは情報のコントロールと同じで、今日のビジネスの流れに逆らって泳ぐことだ。
  • 「従業員を雇うとき、私たちは情熱を求めます。その情熱から、その人が生き生きした人だと伝わってくる。そこに可能性があるのです」
  • 古い格言にもこうある。「一度だまされるのは向こうの恥、二度だまされるのはこっちの恥」
  • 正直であるとはどういうことか?オープンであるとはどういうことか?原則を尊重して行動するとはどういうことか?その答えのひとつは、シンプルであるということだ。マーク・トウェインがかって書いたように、「真実を話しなさい。そうすれば何もおぼえる必要などない」
  • ウォーレン・バフェットは、「信頼はわれわれが吸う空気みたいなものだ」と言った。「そこにあるときは誰も気づかない。しかし、なくなると誰もが気づく」
  • 研究によれば、ある社会で経済が成長し繁栄するには、社会全般の言頼が一定レベルに達している必要があるという。情頼がなければ投資は停止し、経済活動は停滞する。一九九五年に、著書『「信」無くば立たず』(三笠書房)で最初にこの仮説を立てたのが、フランシス・フクヤマだ。彼は、国の富は「競争する能力と同様に」「社会の言頼のレベル・・・・・・によって条件付けされる」と書いている。
  • ザックの研究によれば、一般的な信頼は、北欧諸国や東アジア諸国で高く、南米、アフリカ、旧社会主義国では低い。ある調査では、無作為に選ばれたふたりが、社会のなかで互いを信頼する能力が測定されたが、それによると、ブラジルでは三パーセント、ペルーでは五パーセントの人だけが、自国の人間を信頼できると答えたのに対し、ノルウェーではそれが六五パーセント、スウェーデンでは六〇パーセントだった。また、米国は三六パーセントと、一九九〇年の五〇パーセントからダウン、英国は一九九〇年代からずっと四四パーセントを維持している。
  • 私たちが毎日懸命に働くのは、すばらしいことを達成したり、チームを助けたり、人々の生活を豊かにしたりしたときに得られる満足感を求めているからでもある。
  • 連帯責任を負わせるこの素朴な試みは、じつは逆の効果をもたらす。(中略)みなが歩調をあわせるかわりに、個々が勝手にふるまい、自分の居場所を守るようになるのだ。
  • アントワープでは、毎年世界のダイヤモンドの約九〇パーセントと、研磨されたダイヤモンドの半分が売買されているが、近年はインドのグジャラート地域出身のダイヤモンド商が大量に流入している。こうした新参者の大多数は結婚と信仰(主に、古代から焼く禁欲主義的なジャイナ教)で結びついているが、インド人たちは同化するのも速い。
  • 日本では、高度に発達し、規制も多い経済大国でありながら、あらゆる事態の予測は不可能だという認識のもと、今も「誠意をもって接する」という精神にのっとってビジネスが進められるという。ダイヤモンド商と同じように、日本人にも自分たちの文化を反映したビジネスのかたちがあるのだ。
  • 一般的な労働者は、生涯で平均一〇・五社で働く。
  • 「一貫性のある生き方は、何よりも貴重で強力なもののひとつです」と言うのは、著名なラスベガスの開発業者にしてホテル経営者のスティーブ・ウィンだ。「ハンバーガーであれ、人間であれ、フランチャイズは一貫性から生まれるのです」
  • 「映像業界に入ってフリーランスで生きていくなら、評判とクチコミだけが頼り」
  • ネットワーク化された世界で繁栄するためには、透明性と相互のつながりによって決定づけられる経済活動のなかで機能する方法、こうした状況にもかかわらずではなく、その状況だからこそ成功する方法を見つけなくてはならない。
  • 「いい会社とは、数学上の実績だけを指すのではありません。肝心なのは文化です。従業員を大事にせず、違法すれすれのことをしている会社に行こうとする優秀なエクゼクティブに、私は会ったことがありません。」
  • 最高の人材は、金銭や成功よりも、すぐれた価値観の上に築かれた関係を求めている。
  • 評判も、昔より人生の早い段階から築かれるようになっている。かつては評判といえばキャリアの後半に取り沙汰されるもので、たいていの人は成功したあとに、世間からどのような評判を得ているかと心配したものだった。だが今では、新卒採用者のマイスペースのページを雇用主がチェックする。あなたの打率にリトルリーグ時代のものまで含まれるかのように。
  • ガラス張りの世界では、第二のチャンスは訪れにくい。
  • 二〇世紀のビジネスに変革をもたらしたコンセプトは、品質管理とプロセス管理だった。私はこれを「WHATのHOW」と言っている。
  • とくに注目に値するのは、一九八〇年代半ばあたり、グローバルビジネスが設計品質とプロセスの事設計というコンセプトを徹底的に採り入れるようになったころだ。この変化にはずみをつけたのは、日本の製造技術である。日本が製造立国として躍進するまで、各国は生産トライアングルの苦境から逃れられずにいた。
  • そこへ日本人が現れ、こうした考え方をひっくり返した。彼らは、品質欠陥はかえって非効率だということに気づき、品質のチェックをラインの後方から前方へ移すことで、はるかに効率的かつ経済的に高品質の商品を製造するプロセスを生み出してみせた。どういうことか?品質の責任を、自動車メーカーで言えばトヨタや三菱などの生産ピラミッドの頂点から、下請けへと分散化させ、下請けには資産も投じて緊密な協力体制を築くことで、品質の向上をはかったのだ。高品質の製品を低コストで迅速に提供できるようになった日本は、一曜、世界の注目を浴びた。日本人は品質を重要な差別化要因にして勝利したのだ。
  • IBMにいたころに、私は知った。文化はゲームのただの一面ではない。ゲームそのものである。ールイス・ガースナー(IBM元会長兼CEO)
  • 合理主義は複雑な人間行動に対して、感情を排した非人格的なアプローチをとる。
  • 価値観を大切にする従業員と、規則を遵守する従業員のあいだには違いがある。前者は「すべき(should)」に律せられる。(中略)一方、情報に基づいて黙って従う従業員は、規則にしか関心がない。「やってもいい(can)」の世界に生きているのだ。
  • 無秩序と無法、絶対的服従、情報に基づく黙従、価値に基づく自己統治の四つは、企業文化の基本タイプを表しているが、たいていの企業やチームは、各タイプをさまざまな比率で含んでいる。
  • トマス・ジェファソンはかつてこう言った。「自由の対価は永遠の警戒である」
  • デンマークの哲学者キルケゴールは、「不安は自由のめまいである」と述べている。
  • 世の大半の人は、自由とは制約がないことだと誤解している。
  • 急いで何かをする必要がある場合は、とにかくやれと強制するほうが効率がいい。ただ、そういうやり方は長つづきしません。物事を成し遂げるには『理由』と『方法』を、時間をかけて理解してもらわなくては。もっと大切なのは、それが正しいと肩じてもらうことです。そうすれば、さらに効率的になる」
  • 「心から気遣う」と、ときには荒っぽくなることもある。だがそれは、感動をもたらすこともある。
  • コンプライアンスは生き残るためのもの、自己統治は繁栄するためのものだ。
  • われわれはくり返す行為そのものである。卓越性とはそれゆえ、行為ではなく習慣のなかにある。ーアリストテレス
  • ビジョンを描くこと、それは他者に焦点をあわせるために欠かせない資質だ。
  • ビションを描くということは、成果を先読みする姿勢があるということだ。ビジョンがない人は、HOWに無頓着な短期志向の経営者だ。タスク中心で、従順で、目先のことにばかりとらわれている。短期志向の経営者はもともと受け身の傾向が強く、行く手を示す標識灯をつけるよりも消すほうがずっと多い。防御的な姿勢で、人を引きつけることより、自分が譲歩した場合のリスクばかり心配する。だが、HOWを正すには、自分ではなく他者に焦点をあてなくてはならない。ビジョンを描くこと、それは他者に焦点をあわせるために久かせない資質だ。
  • リーダーシップとは、いかなる場合も先頭に立つことを意味しない。場合によってはリーダーとしての気質を維持しつつも、ほかのリーダーに従う。
  • 「物事をスタートさせる方法は、しゃべるのをやめて、やりはじめることだ」
  • 自分がそこにいようがいまいが、永遠に時を告げる時計をつくるのがリーダーの使命だ。(中略)本当のリーダーはスーパーヒーローではない。ひとりの人間が現れて正な時を告げるのを待つような世界はつくらない。
  • 権成には主に二種類がある。形式的権威とカリスマ的権威だ。
  • 形式的権威には、鼓舞して引きこむ力がない。進んで命令に従わせるのがせいぜいだ。
  • 意思決定は概して、実利主義か原則主義を拠りどころにしている。
  • 「常に原則に基づいて行動しなさい。そうすれば自分の行動の意図と結果をいちいち考える必要などない」
  • 何もかもが知られてしまう世界では、原則に基づく一貫した意思決定だけが、頼や評判をもたらす。
  • だが議論に勝つような人は、人間関係で問題に直面しやすい。人間関係は勝ち負けではないからだ。
  • 内省が足りない人は、表面的で頑なになりがちだ。
  • 「ふたりのランナーがいるとしましょう」とマッシモ・フェラガモは私に語ってくれた。「ひとりはすばらしい体格のランナーで、もうひとりはたぎる情熱を秘めたランナーです。勝つのはたぶん後者でしょう。彼はきっと、命にかえても勝とうとする。情熱をもって働くと、信じられないほどの力を生みます。やる気や情熱のある人は、ほかの人の三倍は仕事をする。三倍といっても、仕事の量のことではありませんよ。肝心なのは、彼らが人々を引き寄せるということです。彼らには追随者ができる。ぐいぐい進んでリードし、他の人よりずっと実り多い仕事を成し遂げるのです」
  • 「悲観主義者が星の神秘を発見したり、未知の国へ航海したり、人間の心のなかにあるすばらしい一面を見出したりしたことはありません」
  • ビジネスで成功した人は、成果を積みあげることだけに人生の意義を感じ、還元には無関心かもしれない。だが、私がここで述べている意義の追求とは、他者に奉仕しようとすることであり、人生のあらゆる段階において生活の質を少しでもよくしようとすることを意味する。事業で大成功している者であっても、常に自身の努力を他者への奉仕というより高い基準に照らして評価しなくてはならない。
  • 他人の知識で博識になることはできても、他人の知恵で賢くはなれない。ーミシェル・ド・モンテーニュ
  • 彼は著書「おもてなしの天才』(ダイヤモンド社)で「私たちはまったく新しいビジネスの時代にいる」と述べる。「今はホスピタリティ経済であって、もはやサービスの時代ではないと私は確している。製品がすぐれているとか、約束を果たすというだけでは、あなたのビジネスを際立たせるのに十分ではない。あなたと同じくらいうまくできる、あるいはうまくつくれる者は必ず出てくる。あなたを際立たせるのは、あなたの製品を使っている顧客にどう感じてもらうかだ・・・・・・サービスは独り言であり、その水準は私たちが決める。これに対して、ホスピタリティは対話であり、顧客のニーズに耳を傾け、それを満たす。すばらしいサービスとホスピタリティがそろって初めて、トップに立つことができるのだ」
  • 品質は、製造過程における非効率の撤廃に取り組むことで得るのだ。
  • イギリスの哲学者ヘンリー・シジウィックは、「幸福は直接追い求めると手に入りにくいが、より高い次元の、より有意義な目的を追求すれば得られる」と言っている。
  • ときには新しい考え方や視点と格闘し、それを自分の内面に取りこんで「巧まざる巧み」にしなければならない。このときの格闘がしばしば、安易な知識と能力を超えるものをもたらすのだと。
  • 先生から学んだ多くの事柄のひとつに、ユダヤ教の律法集「ミシュナ」の一節がある。「自ら師を見つけ、自ら友を得よ」。

元々仏教観念が強く残る日本では倫理道徳観が下地としてあるのは作者も認めているところな一方、商売となると西洋価値観が優先されて誤った資本主義概念へと歪みがちになってしまうのが、日本で実業界の父と呼ばれる渋沢栄一の論語を含む儒教を元にした「論語と算盤」が拝金主義に蔓延る悪しき商習慣に対するものだったことを考慮しても、考え方としては輸入と逆輸入を巡回してるような気もしますが、例え末端労働者であってもそのような考え方の人に巻き込まれずにいる対策としても一読の価値はあるかと思います。

最後にmacOS 14に標準搭載された機能に感謝笑